[トップ] [書籍一覧] [購入方法] [おすすめ書店] [PR誌トランスビュー] [ご意見板]
更新:2009/10/5


父が子に語る近現代史表紙画像 父が子に語る近現代史

小島毅[著]
A5判並製・182頁・定価1260円(税込)/2009年11月刊行/ISBN:978-4-901510-77-6

日本という国はいかにして、今、こうあるのか?
時の人々は、何を考えどう行動したのか、
複雑微妙な歴史を捉え「単純でわかりやすい」歴史観から脱するために。
世界と繋がる日本の「歴史」が良くわかる、
ユーモア溢れる歴史読本・近現代篇。

[著者]小島 毅(コジマ ツヨシ)
1962年生まれ。東京大学卒。専門は中国思想史。現在、東京大学准教授。「日中歴史共同研究」委員、日本学術会議連携会員を務める。専攻分野での著書は『中国思想と宗教の奔流』(「中国の歴史07」講談社)、『朱子学と陽明学』(放送大学教材)など。このほか、一般読者向けの『義経の東アジア』(勉誠出版)は躍動する日本中世像を巨大なスケールで描き出し、その破壊的なギャグと共に衝撃を与えた。以後も、『近代日本の陽明学』(講談社)、『父が子に語る日本史』(トランスビュー』『靖国史観』(ちくま新書)、『足利義満』『織田信長』(光文社新書)と、問題作・話題作を次々に発表している。

ごちゅうもん お問合せ 電子書籍で「たちよみ」

*送料無料キャンペーン中!詳細は[購入方法]をご覧下さい。
*お問合せ、ご感想などもお気軽にお寄せ下さい。


こちらもオススメ
父が子に語る近現代史 小島毅[著]
父が子に語る日本史 小島毅[著]
14歳からの哲学 考えるための教科書 池田晶子[著]
宗教の教科書12週 菅原伸郎[著]
高校生からわかる日本国憲法の論点 伊藤真[著]
生命学をひらく 自分と向きあう「いのち」の思想 森岡正博[著]
マリー・キュリーの挑戦 科学・戦争・ジェンダー 川島慶子[著]


書評・紹介記事など
・日本経済新聞(2009.11.15),読書欄―「「歴史は唯一絶対のものではない」という立場を貫き、「日本を見直す」視座を与えてくれる。」
・公明新聞(2009.12.28),読書欄 可部淳一氏・評―「比較と相対化の視座で歴史と向き合う」
・週刊東洋経済(2010.01.16),Books&Trends

関連情報リンク
イベント情報

(終了しました)
■『父が子に語る近現代史』刊行記念講義 “近現代史の多様な見方―歴史は科学か文学か?”

□講師 小島毅
□日時 2010年1月16日(土) 開場15:30 開始16:00 終了17:30
□会場 丸善丸の内本店・3階 日経セミナールーム
□定員 100名(お申し込み先着順。定員になり次第受付終了)
□お申し込み
・丸善丸の内本店にて
 店頭で整理券をお受け取りになるか、お電話(03-5288-8881)にてご予約ください。
・トランスビューにて
 info@transview.co.jp まで、お名前をご連絡ください。折り返し、参加票をお送りします。
◎参加無料
◎書籍のお買上にかかわらず、ご参加いただけます。



目次
1 何のための日本史?
「歴史」は作られる外国あってこその「日本」近代の始まりはいつか

2 他者の視線への配慮
日本を見る目を見直す国の成り立ちはさまざまなぜ歴史を勉強するのか

3 江戸の二つの歴史意識
町人と武士の自意識/「尊皇攘夷」という標語/なぜ人材が輩出したか

4 「世襲」を支える「忠義」の理屈
赤穂浪士をめぐるジレンマ/凡庸を支える「忠義」のしくみ/繰り返される世襲人事

5 定信の画期的教育行政
文武両道のすすめ/朱子学と徂徠学/人材登用制度の開始

6 武士道の成立と幕府の誤算
太平の世の綱紀粛正/武士道の中身/誰に対する忠誠か

7 教育熱
「尊号一件」の考え方/馬琴の基本コンセプト/藩校と寺子屋の充実

8 清朝の衰退
アヘン戦争/太平天国の乱/アロー戦争

9 幕末の動乱早わかり
幕府の威信の失墜/明治維新までの流れ/年代の覚え方

10 吉田松陰・久坂玄瑞・坂本龍馬―祀られた人々
松下村塾と安政の大獄/幕末のテロリスト/英雄に仕立てられた男

11 井伊直弼・近藤勇・篠田儀三郎―祀られぬ人々
正しかった決断/忠誠を尽くした新撰組/白虎隊の悲劇

12 新政府の制度と語彙
地方と中央の制度改革/西洋の制度と中国の語彙/大日本帝国憲法と教育勅語

13 岩倉使節団と教育改革の重視
岩倉遣外使節団の驚き/欧米諸国の変動/教育制度こそ重要

14 昌平坂学問所を切った東京大学
二つの大学の起源/「教育荒廃」の原因は/実学偏重は危ない

15 チェンバレンとモースの見た日本
お雇い外国人教師による記録/算盤と行水/民衆文化のスケッチ

16 窮余の太陽暦採用
寺の鐘で刻を知る/旧暦の精密さ/なぜ明治六年に改暦したか

17 鉄道物語
開業三十年間の凄まじい変化/大都市の鉄道路線網/そして新幹線へ

18 韓国問題と日清戦争
韓国への視線/征韓の思想/何のための日清戦争

19 日露戦争は防衛戦争ではない
「司馬史観」のゆがみ/『坂の上の雲』の見方/「韓」と「朝鮮」

20 歴史に向き合うということ
目をそむけるな/満州事変から十五年戦争へ/植民地支配の真実

21 漱石の憂鬱
覚めた眼をもつ人々/「高等遊民」の世界/転換期の十年を象徴する

22 「人格」の流行と「国民文化」の強調
「人格」の発明/和辻哲郎の道元理解/和辻と津田の論争の土俵

23 大正デモクラシーと「常民」の発見
天皇機関説と政党内閣論/柳田國男の民俗学/合理を超える「常民」の世界

24 「吉野朝」と国家神道
南朝正統論/国定教科書偏向問題/国家神道の創造

25 大正から昭和へ
好況から不況へ/恐慌に始まった昭和/軍人は愚かだったか

26 軍部の台頭を考える
戦争の区別はできない/戦史をひとつながりで考える/一国の指導者たることの難しさ

27 戦争の責任を考える
国民が支持した/始まりはいつも防衛戦争/ わかりやすい図式でみるな

28 破局、そして再建
敗戦まで/戦後の改革と東西冷戦/歴史教育をめぐって

29 一九六八年
「古い権威」の打倒をめざして/革命運動の挫折と高度経済成長/この四十年、そしてこれから

30 シルクロードと韓流――幻影二題
見たくないものをこそ見るさまざまな百周年

あとがき
  △ページの最初へ














































  △ページの最初へ













本文より
1 何のための日本史?

「歴史」は作られる


 前作『父が子に語る日本史』を書いてから一年が経ちました。この本は、日本の歴史を、僕が君に向かって話しかける文体で綴ったものでした。ただし、その叙述は江戸時代までで終わっています。書評やネットでも紹介されて評判になったので、図に乗ってその続編を書くことにしました。

 前作では、昔の政治権力者が学者にまとめさせた歴史書、『古事記』と『日本書紀』が描く「日本」という国の成り立ちから、「日本の歴史」を語り始めました。いまでは「神話」に分類され、単なるフィクション・お話とみなされている記録ですが、こうした記録が作成され、そしてそれが読み継がれることによって、「日本」という国が存在してきたからです。言い換えると、日本国は、地理的に自然界にある日本列島さえあれば存在するものではなく、日本の歴史を記録・記憶し、その物語にもとづいた文化を育む人間の行為があってはじめて、国として存続することができたということです。だから、前作では縄文時代のことにはわざと触れませんでした。縄文時代にこの列島で生活していた人たちは、自分たちのことを「日本人」とは考えていなかったはずだからです。
 
 その一方で、前作では、こうした「日本の国の成り立ちの物語」を歴史的事実だと思い込んでしまうことの危険性も指摘しました。『古事記』や『日本書紀』を編纂した人たちには、彼らなりの立場や考え方があってこの歴史書を作ったのでした。その当時、「日本は、天皇という称号の王が、この国土を生み出した神々の子孫として治める国」と宣言することは、中国や韓国といった諸外国に対する自己主張として、また、日本国内の地方勢力がそうした諸外国に政治的・文化的に惹きつけられる傾向が強いので、それをつなぎ止める意味でも有効だったのです。『古事記』や『日本書紀』がなければ、日本はいまあるようなかたちの日本ではありえなかったでしょう。

 たとえば、いまこの本を書くのに使っている日本語も、日本という国が存在しているからこそ、書き言葉としても機能しており、このようにして使えるのです。『日本書紀』を編纂した当時、書き言葉としての日本語がまだ存在しなかったため、この本は中国語で書かれていました。『古事記』にしても、中国語の文字や文法を用いた特殊な文体で書かれました。
 とはいえ、日本という国の存在が手放しで礼らい賛さんすべきことかどうかは、また別問題です。もちろん、日本という国は現に存在しますし、僕たちはこの国から恩恵を受けています。でも、そのことにあぐらをかいて、「日本は昔からの由ゆい緒しよある国であって、この国が存在するのは当然のことだし、今後ともそうでなければならない」と思い込むのは、歴史の真相からはずれていると思います。日本がになったのは、日本ひとりの力ではないからです。


外国あってこその「日本」

 そもそも「日本」という国号の表記自体、漢字という外来のものを使っています。七〜八世紀の政治指導者たちが、自分たちの政治組織のことを「日本」と呼ぶことに決めたのも、外国を意識してのことでした。それまで、中国や韓国の人たちから、日本は「倭」と呼ばれていました。そしておそらく、「倭国」の政治指導者たちも、この名称を甘受していたのだと思われます。また、倭の君主は「王」と呼ばれていました。そう、邪馬台国の卑弥呼が「親魏倭王」と呼ばれたように。これは中国の皇帝よりも格下の称号です。

 ところが、やがて倭の国内で、自分たちの君主に中国(唐)の君主と同格の称号を名乗ってもらい、それによって中国と対等の国家であることを内外に宣言しようとする動きが生じます。こうして選ばれた称号が「天皇」です。これにあわせて、「王」が治めるにすぎない「倭」をやめ、「天皇」が治める「日本」という国号が制定されたのだと思われます。

 そして、以後も、日本列島に暮らす人たちが「日本」を強く意識するのは、国外との関係のなかにおいてでした。それは、こんな比喩で考えてみるとわかりやすいでしょう。生まれてからずっとA県で暮らしてきたBさんは、ふだん自分が「A県人」であることなど意識したことはありませんでした。ところが、大学進学で大都市に出たことによって、よその県の出身者たちと日常的につきあうようになり、自分がほかならぬA県人であることを実感します。以後、Bさんは故郷に戻っても、以前とはちがって、自分がA県人であることをいつも意識するようになりました、とさ。

 日本の歴史を学ぶことは、外国とつきあう場合にこそ大事になってくるのです。逆に言って、日本人が日本人同士だけで暮らしていけるのであれば、「日本史」などという科目は不要だとすら、僕は思います。なぜなら、そうした場合の「日本史」は、仲間内の甘えた言説で満たされ、他者に向かって開かれることがないからです。
 僕が君に日本の歴史を語るのは、君たちはこれから外国とつきあわざるをえない環境にいるからなのです。・・・


近代の始まりはいつか?


 本書は、前作がそこまでたどりつけなかった、近代日本の歴史を対象としていきます。江戸時代のいわゆる「鎖さ国こく」(このことばが本当は不適切であることは前作で説明しておきました)とは大きく異なって、日本は海外諸国とのつきあいのなかで歴史を紡いでいきます。そのため、「近代」という時代区分は、江戸幕府が倒れて明治維新が成じよ就うじゆしたという国内政治の体制変革よりは、国際関係の方面からなされることが多くなっています。日本史の教科書でも、近代の話は幕末の「開国」から始まっています。

 あとで詳しく述べるつもりですが、実は僕は、この区分には不同意です。黒船来航、すなわちアメリカ海軍のペリー提督が大統領の特使として来日した事件をもって、近代のはじまりとみなすこの歴史認識は、西洋諸国によって世界全体の歴史が動かされているのであって、日本もその一つの構成要素にすぎないという見方に立っています。中国史でも、イギリスと戦って敗れたアヘン戦争(一八四〇〜一八四二年)をもって、近代の開始とするのが普通ですが、これも同様の考え方です。アジア・アフリカ諸国が、西洋諸国との本格的な出会いによって受けた衝撃のことを「西洋の衝撃(Western impact)」と言い、これがアジア・アフリカ諸国に近代をもたらしたのだ、という説明のしかたがよくなされます。しかし、決してそうとも言い切れない、というのが僕の見解です。

 ですので、本書は「開国」よりもさらに前、十八世紀の末あたりのことから話を始めます。僕が専攻している思想史では、そのあたりに一つの区切りを作って考えると、明治維新につながる動きが見えやすくなると思うからです。たまたまではありますが、アメリカ合衆国の独立(一七七六年)やフランス大革命(一七八九年)、それにイギリスの「産業革命」(最近ではことごとしくこう呼ぶには値しないという研究傾向にあるようですが)といった、西洋諸国での大変革が生じていたのと同じ時期です。これらの大変革こそ、さきほど紹介した「西洋の衝撃」を、アジア・アフリカにもたらすわけですが。

「日本の歴史は世界とつながっている。ただし、だからといって、西洋の歴史を中心にした見方はしない。」
 本書で僕が取ろうとしている立場は、こんなふうに言えるでしょうか。


2 他者の視線への配慮

日本を見る目を見直す


 この十年来、「日本は昔から偉大であり、世界的にも特別な国であった。われわれはそのことを誇りに思うべきである」というような論調の本が目立ってきました。その出現は、一九九〇年代前半にバブル経済が破は 綻たんしたころと重なるように思えます。ですから、僕はこの事象を、日本人が失った自信を回復するための営みと解釈しています。

 日本はそれまでの数十年間は、ずっと経済的に好調でしたから「自分たちはすごいんだ」とわざわざ身内同士で言い合わなくても、自信を持っていられました。ところが、バブルの破綻で右肩上がりの成長が止まり、将来に不安が生じるようになりました。加えて、中国・台湾や韓国など、近隣アジア諸国が経済成長を遂げ、それまでは「アジア唯一の先進国」などと言って自己満足していた足下も、揺らぎはじめます。「日本はいったいどうなってしまうのか」。そうした不安を癒すはたらきを、「日本の歴史と伝統はすばらしい」と自画自賛する言説が、果たしているように思えるのです。

 これは必ずしも悪いことではないのかもしれませんが、僕には、「経済大国」などと言って愉悦に浸っていたのと同じ、自己満足にしか見えません。なぜなら、そこには他者からの視線への配慮が欠如しているからです。
「日本は昔から一貫する歴史と伝統を持つ、世界でも稀まれにみる特別な国である」。この言説は、その裏返しとして、そうではない国々の存在を前提にしています。たしかに世界には、そうではない国がたくさんあります。・・・


国の成り立ちはさまざま


 まず、アメリカ合衆国。この国は一七七六年に、イギリスから独立しようとする意思を持った人たちが、「自由」という、人類にとっての普遍的な価値(と彼らがみなしたもの)の実現を意図し、その決意を「独立宣言」という文章に表わして作った国です。したがって、この国は、(前述のようなかたちで日本を自画自賛する人たちが思い描く)日本とはちがって、「日本人なら誰でも日本の歴史と伝統を大事に尊重すべきだ」というかたちでの愛国心を鼓舞することはしません。

 アメリカでは「自由」という価値が至上の重みを持ち、この価値を世界的に実現していくことに、アメリカの存在意義を置いています。そのためには、自分たちにとってなんの得にもならない戦争をしに、国外にも出かけて行きます。いまから七十年ほど前、日本各地に爆弾を落としたのも、日本を滅ぼしてアメリカが世界を制覇するためではなく、日本が国際的なルール違反を犯して中国をいじめている(とアメリカが判断した)ためでした。

 アメリカが一七七六年以前にアメリカ合衆国ではないのは、彼らにとっては自明のことですが、それはなんら恥ずべきこととは思われていません。そもそも、アメリカは、何百年来そこに住んでいる人の子孫が構成しているわけではなく、むしろ移民の国であることを誇りにしています。「昔から一貫した伝統文化」など、持ちようがありません。

 次に、ポーランド。この国はアメリカとはちがって、古い歴史を持つ国です。ポーランドという名の王国が、ロシアやドイツよりも強大であったこともありました。しかし、やがて東西のこの二つの国に対して軍事的に劣勢になり、十八世紀には独立国としては消滅してしまいます。つまり、ポーランド語を話す人々は、政治的な国籍のうえでは、ロシアやドイツやオーストリアに分割されたかたちで所属することになったのです。それでも、彼らの心のなかにはポーランドという「祖国」が存在しつづけました。

 第一次世界大戦の終結によって、この国は復活します。それには、東のロシアに革命が起こって、ポーランドの領域をその敵に占領されていたことと、西のドイツとオーストリアが敗戦国になったという、一種の幸運が味方していました。この三つの国に分割併合されたポーランドは、三つの国の弱体化によって、ふたたび政治的独立を果たしたのです。しかし、ポーランドの苦難は続きます。その二十年後、西からは、ドイツのナチス政権による「失われた領土の回復」(=第一次大戦敗戦でポーランドに譲ることになった地域の再占領)という名目で攻撃をうけ、東からは、ソビエト連邦(略称ソ連)のスターリン政権による「社会主義による解放」というかけ声による侵略をうけます。・・・


なぜ歴史を勉強するのか

 このように見てくると、たしかに日本は特別な事例なのだという気がしてきます。「だから、日本人はそのことに自信をもって、これからも日本という統一国家とその文化を大事に護っていく必要がある」という主張も、一理あるわけです。

 しかし、先ほども述べたように、それは日本国内向けの言説であって、いま紹介したような諸外国には通じません。なぜなら、もしそういう主張が通るとすると、これらの国々は日本という特別な国より劣った、哀れな国々ということにさせられてしまうからです。

 日本が古来(少なくとも『日本書紀』が成立した八世紀以来)、「日本」という名称による一貫した国家として現在も続いていることは歴史的な事実です。しかし、そのこと自体が尊重に値することなのではありません。日本が日本としてあり続けた、そしていまもそうあるということは、いったいどういう意味を持っているのか。自分たちだけが特別だといって自己満足するのではなく、よその国々の歴史とも比較したうえで、ではそうした日本に暮らしている君たちは、これからこの国をどのように受け継いでいったらよいのか(「受け継がない」という選択肢、たとえばアメリカ合衆国の五十一番目の州にしてもらうというような選択も含めて)。そのことを考えるためにも、日本の歴史についてのきちんとした学習が必要なのです。・・・


わかりやすい図式で見るな

 当時、こうした甘いことばに陶酔することなく、醒めた眼で戦争を批判する人たちがいなかったわけではありません。しかし、そうした人たちを、皆でよってたかって非難し、「非国民」呼ばわりしていたのです。「皆」というのは、単に政府当局者や軍部・財閥だけでなく、「常民」たちの多数を含むということです。

 先の引用にもあるように、「赤」すなわち共産主義は、当時の常民たちにとって恐るべき怪物でした。戦争批判者たちは、実際に共産主義者かどうかとはあまり関係なく「赤」(ふつうはカタカナで「アカ」)だとされ、その言論や活動は、治安維持法によって合法的に抹殺されました。社会全体が狂気に充ちていたといえばそれまでですが、少数意見に冷静に耳を傾けることなく、ある国こく是ぜ に遵したがうことを強要する雰囲気は、常民たちの協力なしにはありえませんでした。「騙された」派と対照的に、今でも確信的に「あの戦争は正しかった」という人たちもいます。いまの日本国憲法は思想・言論の自由を認めていますから、そう語ること自体はかまわないと僕は思います。「騙された」と言い逃れをするよりも、頑固に自説を譲らない点では、むしろ好感さえ持ちます。ただ、この立場を採る人たちのなかに、「当時は欧米諸国だって同じこと(たとえば植民地支配)をしていたのだから、日本だけが批判される筋合いはない」という意見があります。僕は、そう言ってしまうと言い逃れになり、「騙された」派と同じになってしまうと思います。「人もそうしているのだから」では、日本が日本の使命を果たしたとは言えないでしょう。日本の使命とは、当時の政府が主張した「東亜の解放」です。

 僕は「正しかった」派のいう、「あの戦争があったからこそ、アジア諸国は独立できた」は、歴史の結果としてはそうした面もあるだろうと思います。そして、当時の日本政府は、戦局を有利に運ぶためという実利的理由が大きかったとはいえ、建前上その政策を採りました。昭和十八年(一九四三)には大東亜会議を開催して、日本に協力的だったアジア諸国の首脳を集めています。戦後、日本人兵士のなかには、解放の大義を実践しつづけるために、東南アジアに残って独立軍の一員として戦った者もいました。日露戦争のところで述べたように、日本はアジアの人々(の一部)から、アジア代表として欧米諸国の圧政をはねのける救世主と見られていました。「日本は侵略者だから一方的に悪く、アメリカやイギリスは中国を助けようとした正義の味方だから完全に正しい」というのは、勝者の論理であり、これもまたゆがんだ歴史認識です。歴史とは「善か悪か」を単純には判断できない、複雑微妙なものです。しかし、常民は往々にしてわかりやすい図式を欲します。「あの戦争」について、いまの時点で反省すべき最も重要なことは、僕はこの点にこそあると思います。「はい、侵略行為でした。ごめんなさい」と言えば済む問題ではないのです。

 考えてみてください。「日本の経済的生命線を防衛するため」と称して、海外に軍隊を派遣する行為は、さて、単に昔の話でしょうか? あとで「あのときは騙された」は、もう通じませんよ。・・・・・・



シルクロードと韓流──幻影二題

見たくもないものをこそ見る


 本書は前の章でもう完結したようなものですが、最後に蛇だ 足そくを付け加えます。数にこだわる僕としては、章の数が小の月ではなく、旧暦の大の月の日数で終わらせたいからです。

 一九七〇年代後半、文化大革命が終わって外国メディアに国内取材を許可するようになった中国に、NHKが大規模なロケ部隊を送り込みました。「シルクロード」取材班です。このシリーズは、石坂浩二の品のよいナレーションと、喜多郎のシンセサイザーによるテーマ曲もあいまって、放映されるやたちまち評判となりました。僕も毎回、熱心に見たものです。やがて、外国人旅行者の受け入れが本格的に始まると、多くの日本人が敦とん煌こうやウルムチを訪れるようになりました。

 しかし、このドキュメンタリー番組は、シルクロードの地域、すなわち新疆ウイグル自治区の現実を、正しく伝えてはいませんでした。そこでは核実験が行われ、また漢民族以外の少数民族たちに対する圧迫が加えられていたのですが、「シルクロード」の画面は、そうしたことを一切報じませんでした。

 考えてみれば、さしもの「皇軍」も、この地域にまで進軍することはできませんでした。そのため、中国の東半分とはちがって、この地域には「日本軍の残虐行為」の記念地はなかったのです。だからこそ、心置きなく、日本の常民たちは、この異国情緒あふれる番組を楽しんだのかもしれません。それは中国にはちがいないものの、暗い記憶を呼び覚ます中国とは別の国でした。

 二十一世紀になって、今度は韓流ブームが沸き起ります。いろんな映画やドラマが評判になり、人気を集めました。でも、ここでも日本人にとって思い出したくない過去は、封印されたままでした。韓流は、古代から近世の朝鮮半島の歴史ドラマか、現代劇にかぎられ、日本が深くかつ暴力的にかかわった近代を扱うものは、日本では顧みられませんでした。日本で『坂の上の雲』が平然と原作に忠実にドラマ化されるのも、韓国にかけた迷惑の詳細を、僕たちが知りたくないからかもしれません。

 しかし、本当は、中国や韓国、それに台湾のような隣国について、もっときちんと知る必要があるのです。そうしてはじめて、僕たちはちゃんとした隣同士の付き合いができるようになります。経済発展著しい中国社会の裏側で、どんな事態が進行しているのか。日本政府の首脳が靖国神社に参拝すると、なぜアジア諸国は厭がるのか。見たいものだけを見るのではなく、見たくないものをこそ見ることによって、僕たちは真の友好関係を築くことができるようになります。

さまざまな百周年


 二〇一〇年は、「日韓併合」百周年です。もちろん、めでたいとお祝いするような性質のものではありませんが、僕らはそれをきちんと記念していく必要があるでしょう。なぜ日本はこの隣国を併合しようとしたのか、そしてそのことが、韓国の人たちに(現在も続く国土の分裂という事態もふくめて)どのような迷惑をかけてきたのかを、きちんと総括する年であってほしいものです。

 そして、二〇一一年は中国の辛しん亥がい革かく命めい百周年です。清を打倒して中華民国を誕生させたこの事件が、ある点では現在の新疆ウイグル自治区やチベットで起きている問題の出発点でした。清の領土を、中華民国がそのままそっくり相続したからです(のちにモンゴルは独立して中国から離れますが)。おそらく、辛亥革命を見直すさまざまな学術的検討が、この記念の年に繰り広げられることでしょう。でも、その光明面とあわせてその暗黒面についても、僕らはきちんと知らねばなりません。日本という国がいまこうしてあるように、中国という国はいかにしていまこうあるのか。大陸(中華人民共和国)と台湾(中華民国)との関係もふくめて、この年にはいろいろなことが議論できそうです。

 もし君が、こうしたことに関心をもったなら、ぜひ大学ではアジアの歴史や文化を専攻として選んでください。江戸時代後半からの二百年来、日本のアジア認識はいろいろと誤ってきました。でもこれからは、もうそれでは許されません。中国や韓国との平和的友好関係を維持発展させるためにも、ひとりでも多くの学生が、こうした分野を勉強してくれることを祈念して、本書を終えたいと思います。


あとがき


 前作『父が子に語る日本史』を出版してから、ちょうど一年が経った。「近現代史」を語ることはむずかしい。ただちに「今」の問題につながるからである。しかも、私が専攻するのは中国を中心とする思想史である。近現代史の膨大な一次史料を解読し、整理し、事実を追求する真摯な作業に、自分で携わっているわけではない。私の読書量は、たとえば司馬遼太郎が『坂の上の雲』を著す際に読破した資料とは、比較の対象にすらならない。

 それにもかかわらず、書いてしまった。所詮、私の知る範囲でしか書けないから精密さの追求はせず、枝葉をそぎ落とし、話の筋をわかりやすくして、自分が高校生なら読んでみたいと思う内容を選んでまとめてみた。歴史の学習とは固有名詞と年代の暗記ではないことを、本書を通じて示すことができていれば幸いである。

 もちろん、そのために落としてしまった事項もまた数多い。それらを拾えば違った歴史像が立ち顕われよう。本書とはまったく異なる観点から近現代史を語る方法は、ほかにも無数に存在するのである。

 そう、歴史は唯一絶対のものではない、というのが私の立場である。

 歴史は科学だと主張する人たちがいる。いまでも少なからぬ歴史研究者はそう考えているらしい。しかし、私は、歴史は基本的に文学だと考えている。過去の事象を記憶し伝承するために文字で表記するという営為は、哲学的な側面も具えたかたちでの文学なのではなかろうか。ヘロドトスの『歴史』や司馬遷の『史記』が文学的な古典として読み継がれているのは、歴史の本質を示しているように思う。

 本書が意識したネルーの『父が子に語る世界歴史』もすぐれた文学書であった。学校の教科書が退屈なのは、あらゆる事象にバランスよく配慮して過不足なく事項を列記しすぎているからである。科学たろうとすればするほど、歴史はつまらなくなる。

 背伸びして科学になろうとする必要はない。科学としての絶対的真理を追求しなくてよい。むしろ、絶対的真理であると主張することで、過去の幾多の歴史書や歴史理論が、圧政を正当化し、戦争を引き起こしてきた。複数の歴史が併存することのほうが、多様な世界において、はるかに健全なことではなかろうか。

 したがって、本書は決して「唯一の正しい近現代史」を主張するものではない。英語の書名ならば不定冠詞(a)をつけるのがふさわしい。この「小島家の本」にならって、読者各位がそれぞれに自家版の近現代史をアレンジしていただければと思う。

 前作同様、本書も中嶋廣氏の世話になった。書籍が売れなくなっているという。寛政の頃から二百年間続いてきた出版文化の伝統は、ぜひ守り続けていきたいものである。

平成二十一年(二〇〇九)十月三日、仲秋の名月に  小島毅 
  △ページの最初へ














































  △ページの最初へ


















































  △ページの最初へ























  △ページの最初へ














































  △ページの最初へ














































  △ページの最初へ














































  △ページの最初へ






















△ページの最初にもどる



株式会社トランスビュー
〒103-0007 東京都中央区日本橋浜町2-10-1 日伸ビル2F
tel03-3664-7333  fax03-3664-7335
e‐mail :info@transview.co.jp