2009年01月01日

[N33 2009年、年頭のご挨拶]       Nのページ

新年、おめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年は後半から、突然、従来の産業構造が変わるような変動がありましたが、今年もその動きは続きそうです。しかしこんな時こそ、自分で自分の尻に火をつけて百年に一度の火事だと騒ぎ回るようなことをせず、またそれに煽られることもなく、長い目を持って静かに考えたいものです。

というわけで今年の第一弾は、1月5日の2冊同時刊行、
『ボクの哲学モドキ・Ⅰ 1999-2002 生きにくい世界でボクを襲う危ない性と死の誘惑』
『ボクの哲学モドキ・Ⅱ 2003-2008 戦争に向かう世界でボクは迷いながら愛と命を考える』
著者はナゾの哲学者、ぶんまお氏。世紀を跨いで思索した10年間の記録を、著者の古くからの友人である末木文美士氏が編集したものです。風俗から社会、政治、歴史、宗教まで、森羅万象をめぐる考察が、アカデミズムの形骸化した哲学とは別の、切実で胸を打つ思索を読者に促します。

上記の2冊を皮切りに、今年前半は、歌人で小説家・批評家でもあった上田三四二の初の文学的評伝『この一身は努めたり 上田三四二の生と文学』(小高賢著)や、『百年後に読む漱石』(宮崎かすみ著)、『河合隼雄・心理療法家の誕生』(大塚信一著)など、力の籠もった書き下ろしが続きます。

また思想ジャンルでは、聖路加病院の平松園枝先生による新しい心理学の提唱『サイコシンセシス入門』、NPO法人東京賢治の学校自由ヴァルドルフシューレの鳥山雅代先生による『シュタイナーのカリキュラム』など、生き方や教育の指針となる大切な本が出ます。
「サイコシンセシス」は、イタリアの心理学者ロベルト・アサジオリが提唱したもので、わが国でも古くから知られていましたが、わかりやすく本格的に紹介されるのは初めてです。この手の心理学本にありがちの、自己の内面を深く探求し、心の持ちようさえ変えれば世界も自分も変わる、というような内容ではなく、自分が社会と関わりながらどう成長し、自己実現していくか、また同時にそのことによってどう社会を変えていけるかという、まさに今日求められている実践心理学の本です。

その他にも『西洋と仏教の出会い』(F.ルノワール)、長らく絶版だった池田晶子さんの『魂を考える』の増補新版など注目の企画が続々登場。詳しくは小社ホームページをご覧ください。(上記刊行予定の書名はすべて仮題です。

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2008年01月01日

[N・32] 年頭に       Nのページ

新年おめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。


小社は2001年の創業以来、今年4月で丸7年になる。本当にあっという間であるが、この間、読者の皆様、書店の方々に支えられて、出したい本を出してこられたのはじつに有り難いことである。

私は編集業務なので、直接的には著者、校正者、装丁家、また印刷所や用紙会社の方々に対する感謝の念が強く湧き起こる。会社員として、会社勤めで編集をしていたときよりも、そういう方たちと一緒に仕事をしている感覚は、今の方がはるかに強い。

もう一つは、本に対する感じ方が少しだけ変わった。本は自分の子供だという感じを強く持つようになった。以前からそう思うことはあったが、いまの方がその気持ちは強いし、はっきりしている。以前は、本が出来上がったところで自分の仕事は一段落という感じだったのだが、今はそうして生まれたあとが気にかかる。人間と同じで、生みっぱなしでは心もとない。やはり気になる。編集担当は、本ができた後にできることは少ないのだが、それでもとにかく気にかかる。

刊行後すぐに評判になり、強い足取りで歩み始める本もあるが、さほど目立たず、しかし意外な方から誉められて嬉しい思いをするものもある。もちろん仕事なので、売れなくなれば、そこでその本の寿命は尽きる。

そういう意味では、創業以来、一点の絶版も短期間の品切れによる出荷不能さえも殆んどなく出版活動を続けてこられたことは本当に有り難いし、この先も事故や病気で命の絶える子が出ないように、企画・編集の段階でしっかり気をつけ、手を掛け世間の評価に耐えるようにして、世に送り出したいと思う。

何度も書いたように、共同で代表を務める工藤秀之の開発した流通方式を用いれば、小出版社が通常苦しんでいる問題はほとんど無くなる。どういうものを自分たちは価値があると考えるか、それを最もよく発揮する本のかたちとはどのようなものか。ただそれだけを考えていればよい。逆に言えば、出した本について、本の外側による言い訳は利かない。駄目なものができたら、出版不況のせいではない、取次や流通制度のせいではない、会社のせいでもない、ただただ自分が悪い、自分だけが悪いのだ。これは苦しい面もあるが、しかし非常にさっぱりして、気持ちのよいことでもある。


今年は、トップページの新刊案内や刊行予定に記したように、日本思想史を見直す本を前半の柱とし、人文書の優れた内容のものを加え、絵本やピクチャーノベルなど新しいジャンルにも挑戦しながら、これまでの流れを絶やさず、少しでも太く勢いのあるものにしたいと願っています。変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。

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2007年02月05日

[N・31] チョムスキーの読者への手紙       Nのページ

 二月の新刊、ノーム・チョムスキーとエドワード・ハーマンの共著『マニュファクチャリング・コンセント―マスメディアの政治経済学―』全二巻(中野真紀子訳)はとても大部な本です。でも、それだけの読み応えは保証します。そしてニュースの見方が変わり、普段は読みにくい新聞の国際面が、じつに興味深く読めるようになることも。

 本書は『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』、CBSや『タイム』など、権力から自由で独立していると見られるアメリカのマスメディアが、実際はそうではないこと、その組織や制度の仕組みから、必然的に時の権力に奉仕せざるをえないものであることを、歴史的事件を俎上に載せ実証したものです。

 マスコミが大広告主の非を訴えにくいこと、テレビに捏造やタブーがあることなど常識ではないか、そう思っている方は多いでしょう。しかし個々の報道について、あるいはその質や量、報道されなかった事柄との比較において、それがどのような意図を持つプロパガンダであるかを、正確に見抜くことのできる人がどれだけいるでしょう。二人の著者は、中米のアメリカ従属国家、教皇暗殺未遂事件、インドシナ戦争などを取り上げ、膨大な事例に精緻な分析を加え、アメリカのマスメディアのプロパガンダ構造を明らかにします。

 ヴェトナム戦争末期、メディア報道が反戦運動を盛り上げ戦争を終結に導いたという嘘、ジャーナリズムの輝かしい勝利と伝えられるウォーターゲート事件の毒にも薬にもならぬ中身などは、本書が明らかにする事実のごく一部にすぎません。

 さらに、本文と注を併せて(そのために栞紐を二本つけました)全体をお読みいただければ、たとえば泥沼に陥ったイラク戦争について、今後アメリカの選択肢が二つあること、そのそれぞれに際して米国マスメディアがどのような報道をするかという予測を得ることもできます。

 しかしもちろん、わたしたちにとって最大の問題は、では日本のマスメディアはどうなのか、ということです。

 忌憚のないご意見、ご批判をいただければ大変有り難く存じます。

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